たかがいびき、されどいびき
間歇的ないびきに注意
はじめに
ヒトの一生は24時間を周期とした覚醒と睡眠の繰り返しで、人生の約1/3は睡眠時間と言えます。睡眠にともなって呼吸の働きも低下しますので、しばしば覚醒時に明らかでなかった呼吸の異常が出現します。その例として、21世紀の国民病とも言われる睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome, SAS)があります。寝ている時に、大きいいびきをかいたとおもったら急に静かになり、そのうち息を吹き返すようないびき,すなわち間歇的ないびきをかいている人は要注意です。 SASの疾患概念は1976年にスタンフォード大学のギルミノー教授により提唱されました。睡眠中に起こる10秒以上の気流停止を一回の無呼吸発作とし、この無呼吸発作が一晩のREM およびnon-REM睡眠にわたって30回以上出現する症候群と定義されました。現在は、日中の傾眠、中途覚醒、倦怠感などのSASに関連する臨床的な症状の有無も考慮して診断されるようになりました。30~60歳を対象とした米国の疫学的調査によるとSASの発生頻度は男性の4%、女性の2%と報告されています。我が国でも同程度かそれ以上の頻度であると報告されております。SASは子供から大人まで全年齢層にみられます。重症例は働き盛りの40~50歳代の男性に多くみられます。
平成15年2月、山陽新幹線で新幹線が岡山駅の手前で停車する事故がありました。運転手の居眠りが原因でした。この運転手が後の精査でSASであることが明らかになりました。この事件を契機として、SASは社会一般の方々に認知されるようになりました。
病態について
無呼吸のタイプには無呼吸時の呼吸努力の有無により閉塞型、中枢型、混合型の三つのタイプに分類されます。大部分が無呼吸中に、呼吸努力が認められ、胸壁と腹壁は奇異運動を示す閉塞型です(図1)。上気道開大筋の筋の緊張低下に基づく機能的な機序と咽頭粘膜への脂肪沈着、扁桃肥大、アデノイドや下顎発育不全など、咽頭腔の狭小化をきたす形態学的な機序があげられます。
SASでは、睡眠中に無呼吸発作が頻回に生ずることによる低酸素血症や脳波上の覚醒(マイクロアローザル)による睡眠の質の低下が原因で、重要な臓器に障害が起こります。例えば肺においては肺動脈圧の上昇をきたし、重症例では右心不全を来します。体循環に於いては体血圧の上昇、心臓においては不整脈や虚血性心疾患が起こります。また、造血機能は亢進し、多血症となり、脳血栓や肺血栓塞栓症を起こしやすくなります。腎機能や肝機能も低下します。更に高次中枢機能も低下し、ADLの低下、記憶力や集中力の低下、性格の変化等がみられます(図2)。睡眠中の症状として間歇的ないびき、異常な体動、頻尿、夜尿、あえぎ呼吸、繰り返す覚醒、日中の症状として起床時頭痛、過眠傾向、居眠り、労作時の息切れ等がみられます。風邪は万病のもとと言われておりますが、SASも万病のもとと言っても過言ではありません。。
SASは健康障害だけではなく、社会的な問題も引き起こします。睡眠障害による睡眠時間の減少や日中過眠によって、生産性の低下や作業効率の低下、就業上のいろいろな事故数の増加が指摘されております。自動車事故も例外ではありません。SASでは自動車の事故率が高いという事は既に欧米で報告されておりますが、我が国に於いても最近、本症候群の約33%は過去1年間に自動車事故を経験しており、82%はニアミス経験者であったという成績が報告されました。
治療について
内科的には鼻マスク式持続陽圧呼吸法(nasal continuous positive airway pressure, nasal CPAP)があり、第一選択肢となる治療法です(図4)。上気道の内腔側から、一定の陽圧を負荷することにより上気道閉塞を防止するのが主な作用機序です。治療開始により無呼吸/低呼吸は改善し、日中の眠気もなくなり、活動度も改善します。オプションとして、歯科領域では口腔内装具を装着する方法や、耳鼻科的には咽頭腔内の形成術があります。薬物療法として現在のところ有効な薬剤はありません。
肥満の方は減量が第一です。そのための食事のコントロールおよび適度な運動は不可欠です。また、アルコール摂取や喫煙により無呼吸発作は増加します。したがって、アルコールを控える、禁煙する等の生活上の注意が必要です。
睡眠健診のすすめ
我が国では、睡眠呼吸障害に関する医療がやっと芽生えてきたところです。当センターでは人間ドックで受診される方にパルスオキシメータによる睡眠健診を行っております(図5)。自分で就寝前にパルスオキシメータを装着し、睡眠中の酸素飽和度の変化をモニターすることによって、酸素飽和度が下がったり上がったりする頻度を知ることが出来ます。これは無呼吸や低呼吸に伴っておこる変化です。この頻度が1時間で15回以上起こっている場合にはSASが強く疑われ、精密検査を行うことになります。この睡眠健診で多くのSASの方が発見されております。本症候群を早期診断し、治療に向けた早期対応が重要となります。その意味で人間ドックにおける睡眠健診はその意義が極めて高いと思われます。
おわりに
SASについて紹介致しました。仙台市にはSASの患者さんが約5万人いると推定されています。しかし治療の恩恵を受けている方は僅かです。今やSAS診療は一部の専門医のみでは対応しきれない状況となっており、集学的アプローチや医療連携が不可欠です(図6)。SAS本人は睡眠中の呼吸異常を認識していません。したがって早期発見にはベットパートナーや家族の協力が不可欠です。SASでは?と思われる症状に気づかれましたら、東北公済病院もしくは最寄りの医療機関にご相談ください。
本稿は仙台市医師会企画発行 健康だより(2013.No103)間歇的ないびきは黄信号!-睡眠時無呼吸症候群 および 平成27年10月31日に開催された国分町市民大学主催 第12回市民公開セミナーで講演内容をもとにまとめたものです。